社労士のあなたへ。落語『三方一両損』から学ぶ、経営者が動かない理由とは
ごきげんさまです。
こんな場面に出くわすことはありませんか?
就業規則の整備が必要だと説明した。残業代の未払いは法律違反だと伝えた。それでも経営者は「うちはそういうやり方でやってきたから」と動かない。
正論を言えば言うほど、相手が硬直していく。社労士のみなさんなら一度は経験されませんでしたか。

「法律を知っている」と「人が動く」は別の話
正論は正しい。でも正しいだけでは人は動かない。社労士の現場で起きているのは、法律の問題ではなく、「腑に落ちているかどうか」の問題かもしれません。
社労士さんに話を聞くと、必ずといっていいほど出てくる場面があります。
従業員数20名ほどの製造業。パートスタッフから「残業代が出ていない」という相談が社労士のもとに届きました。確認すると、月に数十時間分が未払い状態。法律的には明らかなアウトです。
社労士は経営者に状況を説明しました。
「労働基準法では、時間外労働には割増賃金の支払いが義務づけられています。このままでは是正勧告を受ける可能性があります」
経営者の返答はこうでした。
「みんなわかってやってくれてるんです。うちはそういう会社なんで」
その後の話を、社労士さんは知っています。
是正勧告が入りました。スタッフ数名が一斉に退職しました。残った社員の間には、経営者への不信感が残りました。法律の厳しさと、スタッフの恨みを同時に浴びることになったのです。
「損を少し取って場を収める」か、「正論を通して何もかも失う」か——。三方一両損が描くのは、その分かれ道です。

落語『三方一両損』——大岡越前は法律で裁かなかった
三方一両損が教えるのは「正しさで解決しない」という逆説の知恵です。
江戸時代の落語。大工の金さんが道に財布を落としました。左官の三五郎が拾い、金さんに届けました。ところが金さんは「一度落とした金は縁が切れた。受け取れない」と言い張ります。三五郎も「拾い物はお返しするのが筋」と譲りません。
お互い正論をぶつけ合って、話が動きません。
お奉行・大岡越前のもとへ持ち込まれました。越前は双方の言い分を聞いて、こう言いました。
「なるほど、どちらも正しい。ならばわしも一両出そう。三人で一両ずつ損をすれば、話が収まる」
法律で裁きませんでした。「誰が正しいか」ではなく「場が収まるか」を優先したのです。

三方一両損を、現場の翻訳台本として
落語を読んでいて、ふと思いました。「腑に落とす」ための言葉は、法律の外にあるんじゃないか、と。
経営者に「ここで少し損を取ることが、長い目で見た得になる」と気づいてもらうとき、必要なのは正確な説明だけではないかもしれません。
大岡越前が「わしも一両出そう」と言った瞬間、場が動いたように——経営者の心が動く瞬間にも、正論とは別の何かが要るように思います。
落語『三方一両損』は、そのときの翻訳の台本になれないか。社労士さんの専門知識と組み合わせたら、何かが変わるんじゃないか。そんなことを、私は考えています。
明日の現場で試せる3つのこと
正論の刀を一旦鞘に収め、大岡越前のように「場が収まるか」を優先する。そのための小さな工夫です。
- 経営者の「会社を守りたい」という思いを、まず受け止める
正論を伝える前に、「社長がそう判断されてきた理由」を一度聞いてみる。そこに触れないまま法律を出しても、人は動きません。 - 「法律ではこうです」を、ストーリーに翻訳する
「このままだと、社長が一番大切にしているスタッフを失うかもしれません」という言葉に置き換えてみる。正論ではなく、相手の痛みに届く言葉を選ぶ。 - 白黒をつけず、「三方一両損」の落としどころを一緒に探る
経営者も少し痛い、スタッフも少し我慢する、社労士も知恵を絞る。「誰が正しいか」ではなく「どう場を収めるか」を軸に置く。

「翻訳の技術」をパートナーと持ち合う
法律は正しい。就業規則は必要です。残業代の未払いは是正しなければなりません。
でも、それを「腑に落とす」ための言葉は、法律の外にあります。
落語はその言葉の宝庫です。江戸時代から庶民の「あるある」を笑いに変えてきた物語には、経営者の心に届く「翻訳」がたくさん眠っています。
社労士のみなさんが持つ専門知識と、落語の翻訳力を組み合わせたら、どんな現場が動くでしょうか。
そんなことを、お茶でもしながら話しませんか。
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