「キャリア迷子」の処方箋|落語『粗忽長屋』に学ぶ、他人軸から「自分」を取り戻す技術
「自分が死んだ」と信じ込む男たち
ごきげんさんです。
落語に『粗忽長屋(そこつながや)』という、とんでもない噺があります。
行き倒れの死体を見つけた男が、「これは兄弟分の吉公だ」と思い込みます。周りが「違う」と言っても聞き入れず、あろうことか当の 「生きている吉公」 を連れてきて、死体を引き取らせようとするのです。
連れてこられた吉公も、最初は「わい、生きてるで」と言っていたのに、男の強引な説得(昨夜酒を飲んだ、気分が悪かった等の状況証拠)に丸め込まれ、ついにこう言います。
吉公: 「そないいわれたら今朝がたえらい気持ちわるかった……おれ死んだ気せんのやけど」
兄貴: 「気ぃ? あつかましいことぬかすな。死ぬのはじめてかい。こういうもんはな、後からじんわり感じてくるもんなんや」
こうして生きている本人が、自分の死体を引き取り、「かわいそうになぁ」と涙する。そして最後に放つサゲ(オチ)がこれです。
吉公:「抱かれてるのは確かにわいやけど、抱いてるわいは一体だれ?」
笑い話ですが、少しゾッとしませんか? 他人の言葉に流され、自分の「生の実感」すら手放してしまう。
これは、上司の評価や世間の常識に流され、 「自分のキャリア(本音)」 を見失っている現代のビジネスパーソンそのものです。
今日はこのカオスな噺を、ロジャーズ、アイビィ、シュロスバーグの視点で整え、自分を取り戻す方法を考えます。

2. 言葉だけで「生きた人間」を殺せるか?
喜六と清やんの会話から、この現象の恐ろしさを紐解いてみましょう。
「清やん、この吉公ってアホやなぁ。生きてるのに死んでるって言われて信じるか普通?」

「そこが人間の怖いとこや。『お前はダメな奴だ』って毎日言われたら、ほんまにダメな気してくるやろ? 吉公は『お前は死んでる』という外部の声を信じて、自分の『生きてる』いう内部の声を殺してもうたんや」

「ひえ~。言葉だけで、生き死にまで変えてまうんか」

「せやから、ワイら支援者は『言葉』の扱いを間違えたらあかんのや」

3. 「粗忽(そこつ)」な支援にならないための3つの理論
吉公はなぜ、自分を見失ったのか。そして、どうすれば「抱いている俺(自分)」を取り戻せるのか。3つのステップで解説します。
① ロジャーズ:他人の言葉より「自分の感覚」を信じる
吉公の失敗は、自分の感覚(内部照合枠)よりも、兄貴分の言葉(外部照合枠)を優先させたことです。
ロジャーズは、人が十分に機能するためには、「経験(生きてる実感)」と「自己概念(自分への認識)」の一致が必要だと説きました。 私たちキャリコンがまずやるべきは、吉公に対し「死んでるはずがない」と論破することではありません。
「死んだ気がしない」 という吉公の微かな違和感(本音)を、無条件に受容することです。 「あなたは今、生きている感覚があるんですね」。その一言があれば、彼は自己一致を取り戻せたはずです。
② アイビィ:「論理的帰結」の悪用を防ぐ
噺の中で、兄貴分は巧みな技法を使っています。 「昨日酒飲んだやろ?(事実)」+「今朝気分悪かったやろ?(事実)」⇒ 「だから死んだんや(論理的帰結)」
これはアイビィのマイクロカウンセリングにある「論理的帰結」という技法の悪用です。信頼関係(ラポール)も傾聴もないまま、強引なロジックで相手を誘導してはいけません。 アイビィは 「意図性」 を重視しました。その技法はクライアントのためか、それとも自分の思い込み(死体=吉公)を正当化するためか? 私たちは常に自問する必要があります。

落語の稽古で、登場人物のセリフを掘り下げる作業をします。「なぜそのセリフを発したのか?」その背景や心持ちを探るのです。
これは「徹底した他者理解」です。普段、私たちは他者のことをほぼ考えていません。 落語を演じるには、登場人物という他者を理解しないと、心の機微が伝わらない。ウケないんです。
支援も同じ。自分の枠組みや思い込みではなく、相手の内面を掘り下げて理解する。そうして初めて、支援が言葉として届くようになるんです。
③ シュロスバーグ:「自己(Self)」の再構築
最後に、吉公には「死体を引き取る」という衝撃的な 転機(トランジション) が訪れました。しかし、彼にはそれを乗り越えるための4S(状況・自己・支援・戦略)のうち、特に 「自己(Self)」 が欠落していました。
「自分は何者か」「何を大切に生きているか」というアイデンティティの核がないため、状況に流されてしまったのです。 シュロスバーグの理論を使えば、吉公に必要なのは「死体を引き取る戦略」ではなく、 「自分は生きていると再定義する戦略」 でした。

4. 結び:あなたの「主語」を取り戻そう
落語『粗忽長屋』は、笑えるけれど笑えない、アイデンティティ喪失の物語です。
私たちは、クライアントに対して、あるいは自分自身に対して、兄貴分のように「お前はこうだ」と決めつけていませんか? あるいは吉公のように、周りの声に流されて「自分」を明け渡していませんか?
- ロジャーズの心で 「本音」 を聴き、
- アイビィの技で 「意図的」 に関わり、
- シュロスバーグの視点で 「自己」 を確立する。
そうやって、他人の人生(死体)ではなく、自分自身の人生をしっかりと抱きしめて生きていきましょう。 「抱いている俺は、間違いなく俺だ」と胸を張れるように。

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